【アーカイブ】
投稿した記事を以下に表示しています。(2010-8月)

Quarterly pixiv vol.1

読んでみた, 雑誌 コメントなし

Quarterly pixiv vol.1(エンターブレインムック)

出版社:エンターブレイン( 2010-05-28 )

定価:¥ 1,260

Amazon価格:¥ 1,260

ムック ( 127 ページ )

ISBN-10 : 4047264628

ISBN-13 : 9784047264625


だいぶ前に買ったのですが、色々あってうpしてませんでした。

個人的にも待っていた「読んで楽しめるpixiv」、その第1号。表紙は「B★RS」のhukeさん。

pixiv関連の本は画集メインの方が多いですが、「読んで楽しめる」のがポイント。画集成分も多いですが、文字量も結構多く、読み応えがあります。これをまっていたんです。w
特集は「B★RS」。クリエイターズインタビューは、コザキユースケ氏・前嶋重機氏、pixivからは晩杯あきら氏・ぷちでびる氏・バーニア600氏と非常に充実。メイキングもフォローされているので勉強?になります。下手なメイキング本は他にいらない気がします。
他に、サマーウォーズ関連と、Quarterly pixiv自身が企画したイラストコンテストの結果発表があります。

値段はやや高めですが、いい買い物したと思います。

Colorful〈カラフル〉

映画, 見てみた コメントなし

森絵都の小説『カラフル』を原作とするサンライズ制作のアニメ映画。
道内ではあまりパッとした広告は打っておらず、地味な公開となっていますが、この手の映画としては珍しく札幌シネフロでの上映(4番部屋)でした。

<ぼく>は死んだはずだった。が、天上界と下界の狭間で、「プラプラ」と名乗る天使?に出会い、突然「抽選にあたりました!」と言われる。天使?に強引に云われるがままに生まれ変わり、「小林真」という中学生としてもう一度人生をやり直すチャンスを与えられる。そして、改めて「小林真」として生活が始まるのだが、先にはさまざまな困難が立ちはだかった。

カラフル

著者/訳者:森 絵都

出版社:理論社( 1998-07 )

定価:¥ 1,575

Amazon価格:¥ 1,575

単行本 ( 275 ページ )

ISBN-10 : 4652071639

ISBN-13 : 9784652071632


原作小説のアニメ化。映画「クレヨンしんちゃん」シリーズや「河童のクゥと夏休み」など、最後に割とホロッとさせるような展開が特徴にある、原恵一監督。映画原作は読んではいませんが、内容は非常にわかりやすく描いており、懐かしく楽しめました。最後のオチも思わず少しホロッとしました。このホロッときた理由はなんだろう・・・と思い直すと、私の小中学校時代と少し被る事があったからでしょう。
私も、どちらかというと世渡り下手で内向的で弱虫で、ずばり「いじめられる側」の1人だったんで。
それでも、友人といえる人が数人くらいはいたし、当時はゲームの貸し借りとかにも参加していたんで、物語と比べればかなり平和な時代だったともいえます。世の中平和すぎた(&バブル時代に向かって景気が良かった時代でもあった)せいか、あんまり将来について真面目に考えることも、親に相談することもなく、非常に淡々としてしまったばかりに、今になってじぶんの方向性に困ってる(苦笑)という・・・。

そんな感じで、人生というのは思った以上に中々うまくいかない。うまくいかないときに限って、なんてうちは「Saya.」という意識に棲んでいるんだろうとか、こんな殻を壊して解放されたいと思うこともある。だが、うまくいかないからこそ、苦労の末に「俺って生きている」と実感することができるのかもしれない。
残難ながら、人生をリセットすることはできないけれども、一度、自分の人生を俯瞰して、これからの自分の青写真、思い切り描いてみたいと、青春時代に還ったかのように思ってみたり。

主人公の真の声を演じたのは12歳の子供。それ故棒読みっぽい所が多いのはやや気になったものの、真のクラスメイトの少女の佐野唱子を演じた宮崎あおいの演技はよかった。非常に個性的(笑)な役で大変だったと思いますが。

背景に関しては、一部実写を使用している様です。二子玉川周辺をリアルに描写され、1969年(昭和44年)廃止になった、東急玉川線砧線が、詳細な写真と共にリアルに蘇ります。当時を知っている方には懐かしく思うのでは?

人生はモノトーンではない。「カラフル」であっていいんです。
なんだか、自分の生き様に少し自信がついた気がする映画でした。

公式サイト
http://colorful-movie.jp/

絵の価値を決めるのは『自分』ではない。

@ざつぶん コメントなし

数少ない「世界で渡り合えるアニメ監督」の今さんがお亡くなりになりました。
公式サイトに遺言(というよりは「ラストメッセージ」といえる)が残されているのですが、執筆段階でもアクセスできない状況である事、事情が事情なので、何時消失してしまうか分からないので、あえて如何に転載したいと思います。長文ですがご容赦を。
正直言って、涙が止まらなかった・・・。

2010年8月25日(水曜日)さようなら

忘れもしない今年の5月18日。
武蔵野赤十字病院、循環器科の医師から次のような宣告を受けた。
「膵臓ガン末期、骨の随所に転移あり。余命長くて半年」
妻と二人で聞いた。二人の腕だけでは受け止められないほど、唐突で理不尽な運命だった。
普段から心底思ってはいた。
「いつ死んでも仕方ない」
とはいえあまりに突然だった。

確かに兆候はあったと言えるかもしれない。その2~3ヶ月前から背中の各所、脚の付け根などに強い痛みを感じ、右脚には力が入らなくなり、歩行にも大きく困難を生じ、鍼灸師やカイロプラクティックなどに通っていたのだが、
改善されることはなく、MRIやPET-CTなどの精密機器で検査した結果、いきなりの余命宣告となった次第である。
気がつけば死がすぐ背後にいたようなもので、私にはどうにも手の打ちようもなかったのだ。

宣告の後、生き延びるための方法を妻と模索してきた。それこそ必死だ。
頼もしい友人や強力この上ない方の支援も得てきた。抗ガン剤は拒否し、世間一般とは少々異なる世界観を信じて生きようとした。「普通」を拒否するあたりが私らしくていいような気がした。
どうせいつだって多数派に身の置き所なんかなかったように思う。医療についてだって同じだ。現代医療の主流派の裏にどんなカラクリがあるのかもあれこれ思い知った。
「自分の選んだ世界観で生き延びてやろうじゃないか!」
しかし。気力だけではままならないのは作品制作とご同様。
病状は確実に進行する日々だった。

一方私だって一社会人として世間一般の世界観も、半分くらいは受け入れて生きている。ちゃんと税金だって払ってるんだから。立派には縁遠いが歴とした日本社会のフルメンバーの1人だ。
だから生き延びるための私的世界観の準備とは別に、
「ちゃんと死ぬための用意」
にも手を回してきたつもりだ。全然ちゃんと出来なかったけど。
その一つが、信頼のおける二人の友人に協力してもらい、今 敏の持つ儚いとはいえ著作権などの管理を任せる会社を作ること。
もう一つは、たくさんはないが財産を円滑に家内に譲り渡せるように遺言書を作ることだった。
無論遺産争いがこじれるようなことはないが、この世に残る妻の不安を一つでも取り除いてやりたいし、それがちょいと向こうに旅立つ私の安心に繋がるというもの。

手続きにまつわる、私や家内の苦手な事務処理や、下調べなどは素晴らしき友人の手によってスピーディに進めてもらった。
後日、肺炎による危篤状態の中で、朦朧としつつ遺言書に最後のサインをしたときは、とりあえず、これで死ぬのも仕方ないと思ったくらいだった。
「はぁ…やっと死ねる」
なにしろ、その二日前に救急で武蔵野赤十字に運ばれ、一日おいてまた救急で同じ病院へ運ばれた。さすがにここで入院して細かい検査となったわけだ。結果は肺炎の併発、胸水も相当溜まっている。
医師にはっきり聞いたところ、答えは大変事務的で、ある意味ありがたかった。
「持って…一日二日……これを越えても今月いっぱいくらいでしょう」
聞きながら「天気予報みたいだな」と思ったが事態は切迫していた。
それが7月7日のこと。なかなか過酷な七夕だったことだよ。

ということで早速腹はきまった。
私は自宅で死にたい。
周囲の人間に対して最後の大迷惑になるかもしれないが、なんとしてでも自宅へ脱出する方法をあたってもらった。
妻の頑張りと、病院のあきらめたかのような態度でありつつも実は実に助かる協力、外部医院の甚大な支援、そして多くの天恵としか思えぬ偶然の数々。
あんなに上手く偶然や必然が隙間なくはまった様が現実にあるとは信じられないくらいだ。「東京ゴッドファーザーズ」じゃあるまいし。

妻が脱出の段取りに走り回る一方、私はと言えば、医師に対して「半日でも一日でも家にいられればまだ出来ることがあるんです!」と訴えた後は、陰気な病室で一人死を待ち受けていた。
寂しくはあったが考えていたのはこんなこと。
「死ぬってのも悪くないかもな」
理由が特にあるわけもなく、そうとでも思わないといられなかったのかもしれないが、気持ちは自分でもびっくりするほど穏やかだった。
ただ、一つだけどうしても気に入らない。
「この場所で死ぬのだけは嫌だなぁ…」
と、見ると壁のカレンダーから何か動き出して部屋に広がり始めるし。
「やれやれ…カレンダーから行列とはな。私の幻覚はちっとも個性的じゃないなぁ」
こんな時だって職業意識が働くものだと微笑ましく感じたが、全くこの時が一番死の世界に近寄っていたのかもしれない。本当に死を間近に感じた。
死の世界とシーツにくるまれながら、多くの人の尽力のおかげで奇跡的に武蔵野赤十字を脱出して、自宅に辿り付いた。
死ぬのもツライよ。
断っておくが、別に武蔵野赤十字への批判や嫌悪はないので、誤解なきよう。
ただ、私は自分の家に帰りたかっただけなのだ。
私が暮らしているあの家へ。

少しばかり驚いたのは、自宅の茶の間に運びこまれるとき、臨死体験でおなじみの「高所から自分が部屋に運ばれる姿を見る」なんていうオマケがついたことだった。
自分と自分を含む風景を、地上数メートルくらいからだろうか、ワイド気味のレンズで真俯瞰で見ていた。部屋中央のベッドの四角がやけに大きく印象的で、シーツにくるまれた自分がその四角に下ろされる。あんまり丁寧な感じじゃなかったが、文句は言うまい。

さて、あとは自宅で死を待つばかりのはずだった。
ところが。
肺炎の山を難なく越えてしまったらしい。
ありゃ?
ある意味、こう思った。
「死にそびれたか(笑)」
その後、死のことしか考えられなかった私は一度たしかに死んだように思う。朦朧とした意識の奥の方で「reborn」という言葉が何度か揺れた。
不思議なことに、その翌日再び気力が再起動した。
妻を始め、見舞いに来て気力を分け与えてくれた方々、応援してくれた友人、医師や看護師、ケアマネージャなど携わってくれている人すべてのおかげだと思う。本当に素直に心の底から。

生きる気力が再起動したからには、ぼんやりしているわけにはいかない。
エクストラで与えられたような命だと肝に命じて、大事に使わねばならない。
そこで現世に残した不義理を一つでも減らしたいと思った。
実はガンのことはごくごく身の回りの人間にしか伝えていなかった。両親にも知らせていなかったくらいだ。特に仕事上においては色々なしがらみがあり、言うに言えなかった。
インターネット上でガンの宣言をして、残りの人生を日々報告したい気持ちもあったのだが、今 敏の死が予定されることは、小さいとはいえ諸々影響が懸念されると思えたし、それがゆえに身近な知り合いにも不義理を重ねてしまっていた。まことに申し訳ない。

死ぬ前にせめて一度会って、一言でも挨拶したい人はたくさんいる。
家族や親戚、古くは小中学校からの友人や高校の同級生、大学で知り合った仲間、漫画の世界で出会い多くの刺激を交換した人たち、アニメの世界で机を並べ、一緒に酒を飲み、同じ作品で腕前を刺激しあい、楽しみも苦しみも分け合った多くの仲間たち、
監督という立場のおかげで知り会えた数知れないほどたくさんの人びと、日本のみならず世界各地でファンだといってくれる人たちにも出会うことが出来た。ウェブを通じて知り合った友人もいる。

出来れば一目会いたい人はたくさんいるが(会いたくないのもいるけれど)、会えば「この人ともう会えなくなるんだな」という思いばかりが溜まっていきそうで、上手く死を迎えられなくなってしまいそうな気がした。
回復されたとはいえ私に残る気力はわずかで、会うにはよほどの覚悟がいる。会いたい人ほど会うのがつらい。皮肉な話だ。
それに、骨への転移への影響で下半身が麻痺してほぼ寝たきりになり、痩せ細った姿を見られたくもなかった。多くの知り合いの中で元気な頃の今 敏を覚えていて欲しいと思った。
病状を知らせなかった親戚、あらゆる友人、すべての知人の皆さん、この場を借りて不義理をお詫びします。でも、今 敏のわがままも理解してやっていただきたい。
だって、「そういうやつ」だったでしょ、今 敏って。
顔を思い出せば、いい思い出と笑顔が思い起こされます。
みんな、本当にいい思い出をたくさんありがとう。
自分の生きた世界を愛している。
そう思えることそのものが幸せだ。

私の人生で出会った少なからぬ人たちは、肯定的否定的どちらであっても、やっぱり今 敏という人間の形成にはどこか必要だっただろうし、全ての出会いに感謝している。
その結果が四十代半ばの早い死であったとしても、これはこれとして他ならぬ私の運命と受け止めている。いい思いだって随分させてもらったのだ。
いま死について思うのはこういうこと。
「残念としかいいようがないな」
本当に。

しかし、多くの不義理は仕方ないと諦めるにせよ、私がどうしても気に病んで仕方なかったことがある。
両親とマッドハウス丸山さんだ。
今 敏の本当の親と、アニメ監督の親。
遅くなったとはいえ、洗いざらい本当のことを告げる以外にない。
許しを乞いたいような気持ちだった。

自宅に見舞いに来てくれた丸山さんの顔を見た途端、流れ出る涙と情けない気持ちが止めどなかった。
「すいません、こんな姿になってしまいました…」
丸山さんは何も言わず、顔を振り両手を握ってくれた。
感謝の気持ちでいっぱいになった。
怒涛のように、この人と仕事が出来たことへの感謝なんて言葉ではいえないほどの歓喜が押し寄せた。大袈裟な表現に聞こえるかもしれないが、そうとしか言いようがない。
勝手かもしれないが一挙に赦された思いがした。

一番の心残りは映画「夢みる機械」のことだ。
映画そのものも勿論、参加してくれているスタッフのことも気がかりで仕方ない。だって、下手をすればこれまでに血道をあげて描いて来たカットたちが誰の目にも触れない可能性が十分以上にあるのだ。
何せ今 敏が原作、脚本、キャラクターと世界観設定、絵コンテ、音楽イメージ…ありとあらゆるイメージソースを抱え込んでいるのだ。
もちろん、作画監督、美術監督はじめ、多くのスタッフと共有していることもたくさんあるが、基本的には今 敏でなければ分からない、作れないことばかりの内容だ。
そう仕向けたのは私の責任と言われればそれまでだが、私の方から世界観を共有するために少なからぬ努力はして来たつもりだ。だが、こうとなっては不徳のいたすところだけが骨に響いて軋んだ痛みを上げる。
スタッフのみんなにはまことに申し訳ないと思う。
けれど少しは理解もしてやって欲しい。
だって、今 敏って「そういうやつ」で、だからこそ多少なりとも他とはちょっと違うヘンナモノを凝縮したアニメを作り得てきたとも言えるんだから。
かなり傲慢な物言いかもしれないが、ガンに免じて許してやってくれ。

私も漫然と死を待っていたわけでなく、今 敏亡き後も何とか作品が存続するべく、ない頭を捻って来た。しかしそれも浅知恵。
丸山さんに「夢みる機械」の懸念を伝えると、
「大丈夫。なんとでもするから心配ない」
とのこと。
泣けた。
もう号泣。
これまでの映画制作においても予算においても不義理ばかり重ねて来て、でも結局はいつだって丸山さんに何とかしてもらって来た。
今回も同じだ。私も進歩がない。
丸山さんとはたっぷり話をする時間が持てた。おかげで、今 敏の才能や技術がいまの業界においてかなり貴重なものであることを少しだけ実感させてもらった。
才能が惜しい。何とかおいていってもらいたい。
何しろザ・マッドハウス丸山さんが仰るのだから多少の自信を土産に冥途に行けるというものだ。
確かに他人に言われるまでもなく、変な発想や細かい描写の技術がこのまま失われるのは単純に勿体ないと思うが、いた仕方ない。
それらを世間に出す機会を与えてくれた丸山さんには心から感謝している。本当ににありがとうございました。
今 敏はアニメーション監督としても幸せ者でした。

両親に告げるのは本当に切なかった。
本当なら、まだ身体の自由がきくうちに札幌に住む両親にガンの報告に行くつもりだったが、病気の進行は悔しいほど韋駄天で、結局、死に一番近づいた病室から唐突極まりない電話をすることになってしまった。
「オレ、膵臓ガン末期でもうすぐ死ぬから。お父さんとお母さんの子供に生まれて来て本当に良かった。ありがとう」
突然聞かされた方は溜まったものではないだろうが、何せその時はもう死ぬという予感に包まれていたのだ。

それが自宅に帰り、肺炎の危篤を何とか越えて来た頃。
一大決心をして親に会うことにした。
両親だって会いたがっていた。
しかし会えば辛いし、会う気力もなかったのだが、どうしても一目親の顔を見たくなった。直接、この世に産んでもらった感謝を伝えたかった。
私は本当に幸せだった。
ちょっと他の人より生き急いでしまったのは、妻にも両親にも、私が好きな人たちみんなに申し訳ないけれど。
私のわがままにすぐ対応してくれて、翌日には札幌から両親が自宅についた。
寝たきりとなった私を一目見るなり母が言った言葉が忘れられない。
「ごめんねぇ!丈夫に産んでやれなくて!」
何も言えなかった。

両親とは短い間しか過ごさなかったが、それで十分だった。
顔を見れば、それですべてわかるような気がしたし、実際そうだった。

ありがとう、お父さん、お母さん。
二人の間の子供としてこの世に生を受けたことが何よりの幸せでした。
数えきれないほどの思い出と感謝で胸がいっぱいになります。
幸せそのものも大事だけれど、幸せを感じる力を育ててもらったことに感謝してもしきれません。
本当にありがとうございました。

親に先立つのはあまりに親不孝だが、この十数年の間、アニメーション監督として自分の好きに腕を振るい、目標を達成し、評価もそれなりに得た。あまり売れなかったのはちょいと残念だが、分相応だと思っている。
特にこの十数年、他人の何倍かの密度で生きていたように思うし、両親も私の胸のうちを分かってくれていたことだろう。

両親と丸山さんに直接話が出来たことで、肩の荷が下りたように思う。

最後に、誰よりも気がかりで、けれど最後まで頼りになってくれた妻へ。
あの余命宣告以来何度も二人で涙にくれた。お互い、身体的にも精神的にも過酷な毎日だった。言葉にすることなんて出来ないくらい。
でも、そんなしんどくも切ない日々を何とか越えて来られたのは、あの宣告後すぐに言ってくれた力強い言葉のおかげだと私は思っている。
「私、最後までちゃんと伴走するからね」
その言葉の通り、私の心配など追い越すかのように、怒濤のごとく押し寄せるあちらこちらからの要求や請求を交通整理し、亭主の介護を見よう見まねですぐに覚え、テキパキとこなす姿に私は感動を覚えた。
「私の妻はすごいぞ」
今さらながら言うな?って。いやいや、今まで思っていた以上なんだと実感した次第だ。
私が死んだ後も、きっと上手いこと今 敏を送り出してくれると信じている。
思い起こせば、結婚以来「仕事仕事」の毎日で、自宅でゆっくり出来る時間が出来たと思えばガンだった、ではあんまりだ。
けれど、仕事に没頭する人であること、そこに才能があることを間近にいてよく理解してくれていたね。私は幸せだったよ、本当に。
生きることについても死を迎えるにあたっても、どれほど感謝してもしきれない。ありがとう。

気がかりなことはもちろんまだまだあるが、数え上げればキリがない。物事にも終わりが必要だ。
最後に、今どきはなかなか受け入れてもらいにくいであろう、自宅での終末ケアを引き受けてくれた主治医のH先生、そしてその奥様で看護師のKさんに深い感謝の気持ちをお伝えしたい。
自宅という医療には不便きわまりない状況のなか、ガンの疼痛をあれやこれやの方法で粘り強く取り除いていただき、死というゴールまでの間を少しでも快適に過ごせるようご尽力いただき、どれほど助けられたことでしょう。
しかも、ただでさえ面倒くさく図体と態度の大きな患者に、単なる仕事の枠組みをはるかに越え、何より人間的に接していただいたことにどれほど私たち夫婦が支えられ、救われたか分かりません。先生方御夫婦のお人柄にも励まされることも多々ありました。
深く深く感謝いたしております。

そして、いよいよ最後になりますが、5月半ばに余命宣告を受けてすぐの頃から、公私に渡って尋常ではないほどの協力と尽力、精神的な支えにもなってくれた二人の友人。
株式会社KON’STONEのメンバーでもある高校時代からの友人Tと、プロデューサーHに心からの感謝を送ります。
本当にありがとう。私の貧相なボキャブラリーから、適切な感謝の言葉を探すのも難しいほど、夫婦揃って世話になった。
2人がいなければ死はもっとつらい形で私や、そばで看取る家内を呑み込んでいたことでしょう。
何から何まで、本当に世話になった。
で。世話になりついでですまんのだが、死んだあとの送り出しまで、家内に協力してやってくれぬか。
そうすりゃ、私も安心してフライトに乗れる。
心から頼む。

さて、ここまで長々とこの文章におつき合いしてくれた皆さん、どうもありがとう。
世界中に存する善きものすべてに感謝したい気持ちと共に、筆をおくことにしよう。

じゃ、お先に。

今 敏

膵臓ガンは、見つかった時点で末期であることが多く、また予後も悪いガンのひとつ。昨今の死因の第5位に位置し、ずいぶん前に親戚のオジさんが同病で無くなったことがあります。タバコが原因の1つではないかと云われていますが、オジさんもヘビーだったため、もしかするとという気にも。似たような予後の悪いガンに胆管癌があるが、その病気で母も亡くなりました。母の家計はガン家系の疑いがあったりなかったり。アニメ監督業という実態は個人的にはよく分かってはいませんが、それなりに責任とプレッシャーのかかる仕事だったと思います。遺書に関しては今更言葉は不要。一介の映像屋(+α)、このような死に様を迎えたら本望、ですね。

千年女優は見たくても見れなかった作品。今監督の作品、見直してみたい。

それはともかく。

私もそれなりに歳食ってしまったし、もしかするとこの先もそんなに無いのかもしれない。それじゃ何か1つでも残るものを作りたいなと思って、今更イラスト描いてみたりとか始めている訳ですが、そんなヤル気をそぐ様なツイッターが流れたりしてて、正直扱いに考えてあぐねつつ、これが「ゆとり」ってヤツなんだなと生暖かく見守っていたんですが、いつだったか、

絵の価値を決めるのは『自分』である。

と堂々とつぶやかれていたんで、ちょっと考えました。
(絵の「金額」を決めるのなら、「自分」で合ってますがね。)
この文面から察するに、

他人からどう突っ込まれようが「自己満足」できればそれでいい。

という解釈をしてしまいます。まぁ、ある意味それでもいいんですが。マジ他人事なんで。
ただ、自己満足するものなら、別にネットやツイッターなんて使う必要ありません。Amazonでルーミス本や適当なデッサン本でも買って黙ってコッソリ遣っていればいいはずで、自己欺瞞なつぶやきは必要ないのです。誰にもジャマされないし、レベルアップも必要ありません。「黙って」好きに遣ってればいいんです。

その自己満の中に、他人の心に残るものなんて、たぶん作れないと思います。
他人の意見を聞く人ではなさそうな人に、リプライする人がどれほど存在するか。

ま、そんなのはほっとくとして。

私はその動機ゆえに、それなりに評価を上げていきたいという思いが強いし、映像屋とは違う方面にネットワークを広げて、「生きる」という活動自体を楽しんで行けたらなと常々思っています。

それで、己の腕の評価を上げていくには、やはり多方面から見てもらったり意見を伺う必要があります。pixivに参加しているのも、ニコ動で動画をアップしたり、漫画を描こうとしているのも、そうした一環のひとつ。残念ながら、1日18時間勤務がザラなんで、こうやって愛機のマックと対面している時間すら無いので、じっくり作品を作る余裕がないですが。
それも落ち着けば本腰を入れるつもりであります。

コミケに参加する個人参加者の理由も、単に売り上げが目的ではなくて、他方とのコミュニケーションや繋がりを広げたくて・・・というのも、あるのではないだろうか? こういう統計は、実際はあてになりませぬ。(ただ、個人参加が多い点は私が考えている理由と一致しそうですが)

リアルのネットワークが増えれば、得るものは大きい。活動の幅も広がる。
フリーランサーとして活動した経験から、ならなおさです。
それを肴に説いたつもりだったんだが、ゆとりには酷だったようですな。

今更、有名になるつもりも、商業誌をねらうつもりもありませんが、先人の精神に基づき、後悔したくない生き方をすべく、引き続き鍛錬していく所存なのです。わっふー。

2010 JRA 札幌開催

@業務日誌 コメントなし

2年ぶり札幌競馬場に通うことになりました。今年はスタンド側のパドックカメラ(通称:1パド)。
パドックのモニターが今年?から変わってLED方式に。解像度も上がり、映像も流せるようになったのですが、どうも見にくいですね。カメラは池上HDK-79EX-III。現行のハイビジョンカメラにキヤノンの40倍レンズで中継。

10月半ばまでの開催期間中、しばらくやっております。
ですが、本人は競馬にもまああったく興味なし。オッズ?なにその酢?ってカンジのレベルですので、何聞かれてもさっぱりです。

ENDLICHERI☆ENDLICHERI LIVE 『CHERI E』

@業務日誌 コメントなし

堂本剛のセッションライブプロジェクト「ENDLICHERI☆ENDLICHERI」のカメラ(中央カメラ)を振ってきました。
音楽ライブもの、特にメジャーバンドものは通常「専属のカメラマン」が行うものでしたが、何がどうなったのか、こんな貴重な機会に恵まれまして。非常に楽しかったですね。

ちなみに、観客の9.5割は女性。さすがジャーニーズというか・・・。

テーマは「変態」。ライブ映像すらVJミックスし、モニターに映し出すという斬新な方法ゆえに、ノリにあわせてはいますが、振りはノリOK実験OKのかなり「テ・キ・ト・ウ」加減です。その方がエフェクトにいい効果が出るということなので・・・。カメラはソニー。HDではなくSDのスクイーズ出力でのモニター出しです。
「テ・キ・ト・ウ」な分、バラード曲ではハンディで斜めに振ってみたり、凝った映像ワークをしてみました。

一応、検証用映像をもらえることにはなっています。
セットリストはありますが、残念ながら非公開とします。

今回の仕事で、今後のライブの「リファレンス」にするんだとかで・・・。
他会場のカメラマンさん、がんばってください。(笑)

ホリエモン 講演会撮影

@業務日誌 コメントなし

あのホリエモンが来道し、講演会が行われました。それの収録。
この講演会の参加費は前売りで8000円。それにも関わらず参加した人の年齢層が若い。起業家とか経営者っぽい人もいれば、中にはホテルには不似合いなギャルっぽい格好をした人も。世間を騒がせたとはいえ、今もカネと影響力と持つ人から語る北海道の再生とは・・・個人的にも非常に興味がありました。

最初に、ホリエモンは意外な接点で北海道と関係あることがわかりました。
一つは、彼のITで関わる切っ掛けを作ったのが、BUG(ビーユージー)という会社。元は北大出時のベンチャー企業で、その昔はMacや映像方面に強い時代があり、アニメ制作会社「サテライト」とも関係があった会社。北海道を代表するIT会社です。
二つめ、彼が関わっている民間製宇宙機の開発を赤平市で行われており、月に1度来ているということでありました。

まさに、へーほーふーん状態。

で、北海道の話ですが、彼いわく、「ハードとソフトは充実している。営業が下手なだけ。」。
世界に打って出るだけの環境はそろっているものの、プレゼンテーションや営業での売り込みが少ない(&下手&国任せ)あまり、現地での認知度が低い。・・・とのことであります。北海道はもともと、国からの公共資金に頼って成長してきた事実があり、国自体の財政が逼迫した現在、公共工事が減ったために建設業や土木業がふるあわず、北海道全体が低迷する事になって何十年も過ぎたわけですが。今も国や道に頼りきりなのは事実かもしれませんな。

潤っている間に、次世代への研究投資や営業開拓など、人と会い常に情報と接する・・・中々よい事が聞けました。
英語ができないとか、海外に行きたくないとか、そんな悠長なことは言ってはいられないようですよ。

24時間テレビ CM撮影

@業務日誌 コメントなし

毎年恒例のチャリティー(笑)番組「24時間テレビ」の北海道ローカル版CMの撮影に関わりました。
朝っぱらから「ばらと霊園」で高さ16m強のクレーン撮影。

その後、東光ストア大谷地と、イーグルタウン大谷地店でCM撮影してきました。
空気が読めないスタッフのおかげで、かなりの待たされ感と急激な緩急具合で撮影完了。
せっかくモニター出しているのだし、たのむからできあがりの絵をチェックしてほしい。>某Dさん

世界の果てで愛ましょう 第1巻

漫画, 読んでみた コメントなし

世界の果てで愛ましょう 1 (1) (電撃コミックス)

著者/訳者:武田 すん

出版社:アスキー・メディアワークス( 2009-05-27 )

定価:¥ 599

Amazon価格:¥ 599

コミック ( 194 ページ )

ISBN-10 : 4048678612

ISBN-13 : 9784048678612


ネットで話題になっていた、男の娘・・・というよりは、「かしまし ~ガール・ミーツ・ガール~ 」のような強制性転換の類になる作品。最初はシリアル混じりのファンタジー・・・かと思えば、どちらかといえばドタバタありのラブコメ漫画。「人種や性別を超えた究極の愛の物語」と壮大ではあるけれど、中身は普通に変態?ギャグ漫画です。w
主人公涼馬は元々が女性っぽい内気な性格だったため、薬によって転換後のギャップは少なめ。(背丈は女性並みに縮小?したみたいだが) 大胆なカミングアウトは、あまり大胆な効果ではなく型にはまり(女性として生活することに)ます。だが一方で、元から兄(涼馬)が好きだった弟くんは益々本気になってしまったり、性を変えた張本人エミリオは、なんだかんだで結局同居することになったり、腐女子な方には受ける要素が多分に入っています。

・・・わたしゃ、あんまりその辺、よくわかりませんが。

当事者の点からすると、展開のギャップ感が少ないので、「性」の扱いを軽んじているんじゃないかと思いましたね。強制とはいえ、性を転換して生きていくのは、体はそうであっても頭の切り替えはそうは簡単ではありませんから。キャラクターの心の面の描写が、今回は希薄なので、余計「軽んじているのでは?」という印象につながりましたが。
このあたりは力を入れすぎると、どうしてもエロな部分も描かなければならず、少年誌扱いの範疇では厳しいの現実もあるのでしょうが。「プラナス・ガール」はそのあたりの処理が絶妙なので、ギャグばかりな展開に振りすぎないでほしいところ。
ファンタジー要素が多い本作であっても、エミリオの心情など、脚本次第ではいい感じに仕上がりそうな設定が所々あるので、今後に期待してみたい感じはあります。しかしまぁ、このタイトルはどうにかならなかったのか・・・。やらせ感が強くて最初は話題にならなければ購入を考えてませんでしたね。

ライトな性転換ものとして楽しむにはいいかも。

乙嫁語り 第2巻

漫画, 読んでみた コメントなし

乙嫁語り 2巻 (ビームコミックス) (BEAM COMIX)

著者/訳者:森 薫

出版社:エンターブレイン( 2010-06-15 )

定価:¥ 651

Amazon価格:¥ 651

コミック ( 196 ページ )

ISBN-10 : 4047265861

ISBN-13 : 9784047265868


遅くなりましたが買ってきました。
気がついたら売り切れているんです。
2週間で増版がかかるあたり、この作品の注目度の高さが知れますね。

注目は、2巻で新たに登場するキャラのパリヤさん。
曲がったことが大ッキライで隠し事が全くできない、これまた(いい意味で)浮いたキャラになっています。
後の、アミルの弓の生徒の一人になっていきますが、彼女もレギュラー入りなんでしょうかね。

あと、初めての続き物になる、第7話と第8話「争い」。
傲慢な陰謀によって、アミルを連れ帰ろうとする、アミル血縁の親族たち。戦闘シーンは圧巻です。
夫カルルクさんの勇気、住民たちの団結力、学者スミスさんのいい仕事等、見所がたくさんあっておもしろい。
その後の、嫁心ついたアミルさんは、ますます映えていきます。(裸ありw)

一方できちんと文化にも触れており、第6話のパン作り、第10話の刺繍、第11話の廟など。
それでいて、ロシア絡みのスペクタクルな予感を残す複線もあり、「萌え」漫画として非常に素晴らしい。
今後の2人の行方が楽しみです。

ブラック★ロックシューター

見てみた, DVD コメントなし

詳しくは、wikipedia等をご参照ください。
最近は、huke氏の絵画よりは、昨今はねんどろいどやフィギュア化の方が活気がある気がする「B★RS」。
私もうっかり、「初音ミク」派生キャラだと思ってましたんで、あまり興味がありませんでした。あれだけ盛り上った理由はなんだろうか・・・と考えてしまうあたりから時代の波に飲み込まれてしまったんだろうね。私は・・・。orz

中学校へ進学した主人公「黒衣マト」は、入学式の日、一際目を引く同じクラスの「小鳥遊(たかなし)ヨミ」と会う。
対照的な2人は、一緒の時間を過ごすうち、友情を深めていった。
だが、2年に進級しクラスが離れてしまった少女たちの心が、すれ違い始める。
ある日、ヨミが学校を欠席していることを気にかけたマトは、メールや電話をしてみるが一向に通じない。落ち込むマトの携帯に、一通のメールが入る。しかし、それは母からのものだった。

「小鳥遊さんが行方不明になり、警察が事情を聞きに来ている。すぐ帰ってきなさい」と…。

同じ頃。この世界とは違うどこかの世界で、左目に青い炎を宿すし、大型の砲を左腕に装着した謎の少女が、何者かと戦いを繰り広げていた・・・。

Hobby JAPAN (ホビージャパン) 2010年 09月号 [雑誌]

出版社:ホビージャパン( 2010-07-24 )

定価:¥ 840

Amazon価格:¥ 840

雑誌 ( ページ )

ISBN-10 :

ISBN-13 : 4910081270901


無料配布が原則という珍しい形態の「B★RS」作品ですが、今回はホビージャパン版を確保して視聴しました。BD版は2010年12月発売予定だそうです。50分のアニメを無償配布というのは、かなり大胆な行為だと思うのですが、噂のアニメ版を視聴しました。
監督は「まだその域に達していない」ヤマカンこと山本寛氏。主人公マトの声を花澤香菜、ヨミは沢城みゆきが演じています。みゆきち多忙すぎ・・・。

さて本編なんですが、普通の出来。付録のアニメとしては凄いといえるのですが、昨今のアニメとしてはごく普通の出来。
特に演出が凝っているわけでもなく(但し、huke氏デザインの世界観は一応きちんと維持されている)、物語は無難に纏めすぎて起伏らしいものもなく淡々と進む感じ。ただ、中学時代の「クラス換え」の出会いと別れのせつなさ部分は、「あぁ、そんなこともあったなぁ」と、思わず昔を思い出すほど、よく描けていたと思います。
ただ、ヨミがデッドマスターに捕らわれていた理由が本編だけではわからずじまい。冒頭B★RSが戦っていた理由も語られておらず、PV的な作りが強いと感じました。マトとB★RSがリンクするのは終盤であり、このあたりの演出は少し魔法少女風味。ただ、リンクして何が起こったのか、ヨミを本当に救えたのか否かは本編ではわからず仕舞いになっています。これは明らかに続編を狙った意図であり、かなり「見え見え」だったのが、少々不愉快。謎をたくさん残して終わる演出、昨今多すぎですね。
普通に見れるけど、感動も何も残らなかった・・・作品でした。

アニメ化になると、物語を構築する上でどうしても監督や制作サイドの意向が強く反映されてしまい、ファンが離れてしまう事がありますが、この作品はどうだろうか・・・。それはソレ、これはコレと割り切れる方には楽しめるかもしれません。
私は、あんまりアニメ版「B★RS」の世界になじめませんでした。「B★RS」はダークな世界観であるべきだろうと。

参考リンク
ブラック★ロックシューター

このページの先頭に移動します。