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北海道胆振東部地震から7日

あれからまもなく7日だが・・・

大停電からまもなく7日になる。特別放送はかなり減り、物流や通信環境もだいぶ回復したという報道がある一方で、電気需要が賄えきれない可能性があるために節電を呼びかけられたり、建物内は昼も夜も暗かったり、食糧事情も時間制約が大きい独身リーマンにとって、18時に閉店されるのに非常に困ったりとか、売り切れは相変わらずだわと、あまり回復したとも言えない状況が続いている。

個人でできる節電といえば、早めに寝るくらいしか選択肢があまりないんだよね。
でも、出来ることは協力していく所存。

一番困った事


停電の中で一番困ったのは、情報の入手。スマホも当初は大活躍ではあったが、長時間になるにつれ問題になったのはスマホ自体の充電問題より、外の基地局のバッテリー切れによる回線不通問題のほうが深刻だった。特に今回はドコモの回線が早々に繋がりにくくなったのは痛かった。
(auも昼頃からつながりにくくなったけども。)
それに代わる情報源としては「ラジオ」なんだろうけども、数か月前まで手回しのラジオを持っていたのを、邪魔だという理由で処分してしまったのは痛恨だった。ので、改めて買ったラジオがソニーの「ZS-RS81BT」だった。

安いラジオであれば1000円クラスからあるけども、老朽化して久しいステレオコンポや目覚まし時計や、自動的に電源が切れてくれないBluetoothスピーカ、イベントなどにも持ち出しやすい可搬性も必要になることから諸々をリプレースして、かつ電池で駆動できるものを探した結果、このモデルにたどり着いた。

時計のバックアップのために単三電池を3本、電池駆動のために単二電池6本を必要とするバカ食いラジオではあるけども、音質やデザインは悪くはない。

これから・・・

収入的な問題もあり、契約期間満了が近いこともあり、現在引っ越す予定である。
それに合わせる形で、不要なものを処分している最中に起きてしまったので、いろいろ遅れてしまったが、まだ夢は捨てていない。とりあえずはしがみつくのみだ。

北海道胆振東部地震

未明から始まるまさかの警戒態勢

午前3時。次の日がちょうど遅番で12時出勤だったもので、夜遅くまで次の住処を調べていたのだが、そろそろ寝ようとベットにもぐりこんだ瞬間、突如「非常に嫌な突き上げ」を感じた。
記憶にあったのは、東日本大震災の時にも感じた「突き上げるような変な縦揺れ」
これはやばい、そして隠れる暇もないと判断し、とっさに布団を被った瞬間、スマホ達からのけたたましい音声と共にその揺れはやってきた。

これまで生きていた中では感じた事のない最大の揺れ。頭になにか落ちてきた感覚を感じながら、さすがに建物(鉄骨製)もただでは済まないかも・・・とか、積み上げた本棚やサーバ、買ったばかりの板タブがやばい・・・と思ったが動けば確実にけがでは済まない・・・とも思い、全く動くことができなかった。

揺れが収まり、恐る恐る電気をつけて確認したが、箱に入っていたFigmaや空箱が落ちてきた以外は被害なし。アパートの面構造に対して垂直方向に本棚を組んでいたため、揺れは横方向に揺れただけで済んだので倒れることはなかった事は救いだった。未開封だった聖剣も守られた。
テレビをつけて地震情報を確認したら驚いた。道内でまさかの震度6強。
その後の結果で震度7に変更されたが、震度計計測がされるようになった1996年以降初めてと報道されたが、そりゃそうだ。札幌付近に住んで長いが、その中でも記憶にないほどの揺れだったのだから。

ただの揺れで済むのであればよかったのだが、その後15分程で停電が起きてしまった。
おそらくどこか断線でもしたのだろう、さすがに政令指定都市での停電だしすぐ回復するだろう・・・と、見れなくなったテレビからradikoに切り替えて暫く聞いていたが、これはやばいと、暗闇の中であいぽんのライトを頼りに、大事な資料を集めて避難準備を始めた。
全道まるごと停電というのは過去に例はないからだ。
何度かの余震を挟みつつ、暗い場所では危険だし、とりあえず明るくなってから行動しようということにした。

サバイバルな1日

余震に警戒態勢を敷いていたのでろくに眠れず、テレビも見れず、radikoも途中から聞くことができなくなり、ワンセグは電波の谷間エリアなので見ることができず、情報が全く得られなくなってしまった。以前に手回しのラジオをもっていたのだが壊れていたため破棄していた。懐中電灯も探したが見つからない。己の災害意識の低さを改めて自覚することになってしまった。

改めて確認したが、自宅には被害は殆どなかった。冷蔵庫のモノはもう絶望的ではあったが、低階層アパートなので水は出るし、プロパンなので火も使えた。
高層マンションの水道はポンプでくみ上げているはずなので、上部タンクが空になれば確かに水は出なくなる。水を汲みに奔走している住民をチラチラ見かけるも、至って静かないつもの朝であった。
皆冷静なんかねー。それとも無関心すぎるのかねー。ちょっと不気味に感じたが、とりあえず、ブレーカを落として、近所のHTBへ情報拾いになんとなく行ってみた。

・・・特になにもなかった。(笑)
でも、ここも間もなく見納めになるんだよなー。
後に、自家発電が切れてスタジオが暗くなってしまった・・・とか、トラブルのためロビー開放する余裕はなかった模様。

引き返し、近くの小学校で避難所を開設していないか確認しに行った。途中のイオンには行列ができており、セブンイレブンは開けて販売を行っていたがやはり行列。迎えのローソンは逆に休店決め込んでいた。信号機は表示がなく切れていたり、遠くで救急車の音がひっきりなしに聞こえてきていた。通勤のサラリーマンたちが足早に駅に向かうが、写真の通りなのでがっかりして別な方法で向かっていった。見たことのない光景で、ちょっと焦る。

水や火は使えるとしても、当面の問題は食料である。
コンビニに頼りすぎな気がしなくもないが、停電が長期化するのかどうかわからないが、コンビニなどで並んだとしても手に入る気がしなかったので、避難所でご飯がもらえないかなーという期待もあった。指定避難所には備蓄食料があるはずなので。

早すぎたようだ。(笑)

その後、ラジオからテレビが設置され、太陽発電から引っ張り出した電源からスマホ用の充電ができた。長期化を想定しつつ、半分使い切っていたスマホとモバイルバッテリーを充電しながら状況把握と共に若干の仮眠をとることができた。体育器具のマットで寝たのはいつぐらい振りか・・・。癖になるにおいが懐かしかった。。。(おいおい)
その後避難所は老若略男女約5~60名くらいまでに増えたが、近所の小さい子供づれの親子が我が物顔で場所を陣取り、寝ている人もいるエリアをばたばた走りまわせたりされた。広いから子供はどうしても走り回りたくなるだろうけども、寝ている周りでバタバタされるのはなーちょっと迷惑。充電エリアにつなぎっぱなしにしながらLINEやっていたりとか、テレビ見ている前に何も言わずに陣取ったり、節操のないバカ親子共を見ていると、とても残念に思ってしまった。

モバイルバッテリー持っててよかったなー。

だが、電波状況はやはり徐々に悪くなっていった。混んでしまった影響なのか、先に不調になり始めたのはdocomo回線。線が徐々に消えていき、圏外も起きてしまった。auは圏外になることはなかったものの、通信スピードが極端に落ち、ツィッターがまともに受信できない事が多発した。
その中でも中々のレスポンスだったのはLINEだった。会社状況も共有でき、自宅待機になったことを確認できた。

避難所で配られたのは「安心米」という水で戻せるご飯。(スプーン付き)
見通しがないプチ避難所生活でも、こういうのがあるとやはり安心するね。
昼御飯用だったが、量もそこそこあるので半分残して持ち帰ることにした。

終焉と反省

蓋を開けると、市内では路面トラブルがあったり、震源に近い安平町ではひどい災害となっていて愕然としてしまった。

今回の停電は、メインで回していた苫東火力発電所が地震によってダウンし、供給バランスが大きく崩れた結果発生したとのことで、復旧には1週間ぐらいかかるという、経産省のツイートを見て、暗い夜で過ごさなければならないことを想定して、自宅に戻って水の確保や食料のチェックを行い、備えていたのだが、午後5時過ぎにブレーカを上げてみると部屋内の照明が点灯。コンセント周りをチェックしながら復旧を確認。JCOMもテレビも見れるようになった。

今まで、避難民になったことは(運が良かったのか悪かったのか)無かったので、長期の停電がこんなに人の心を不安にしてしまうことが今回よく分かった。

現在住み替えのために部屋のモノを減らしている段階であるが、災害意識を見直し、カートリッジガスコンロやラジオなど用意しようと思う。

iPhone 7 の修理を依頼してみた

あいぽん故障する

本日修理戻ってきた。

バッテリー問題ではなく、7日ほど前に突然アウトカメラ(iSightカメラ)が真っ黒のまま撮影不可になり、ついでにインカメラにするとぶっさいくな人が映るという不具合が発生してしまい、Appleのサイトから申し込み、引き取り修理を申し込んでみたのだった。
元々、こういったデバイスで大きな故障をした経験がなく(割ってしまった経験もない)、ちょうどバッテリー交換を検討(といっても充電MAXで今のところ92%なんだが)していたところだったのだが、AppleCare+ が来月末で満期になってしまうこともあり、やむなく修理優先で依頼(最悪交換になればラッキー!?)したのだが・・・結果としてはほんとに「修理」で治って戻ってきた。カメラ周りに耐衝撃ケースのゴム跡が残っていたが、できる限りぴっかぴかに掃除され、透明フィルムが張られて上記のような化粧箱に入って戻ってきた。修理専用のケースにも関わらず、丈夫な箱にさらに段ボールの外装で隙間なく収められて送られてきて、かなりの丁寧さを感じた。

あいぽん欠乏症は結構つらい

トータルで5日ほど手元になかった期間はちょっと辛かった。
殆ど通話には使用しておらず、もっぱらSNS&音楽プレイヤー&AppleWatch端末として使用していたのだが、SNSはAndroid(ロックフリー化したSC-02H)で、音楽プレイヤーはiPad mini2で代用するものの、AppleWatchだけはどうにもならず、ただの腕輪となってしまったことでジムで活用できず、iPhoneの予備がないのは、正直ちょっと辛かった。

以外とiPhone依存症だったのだな。あたしは。。。
戻ってきたとたん無中でセットアップ(バックアップから戻さなかった)してしまっていた。
今日はたぶん、枕もとで一緒に寝るかもしれない。。。(笑)

9月に入ればおそらくたぶんiPhoneの新型が発表になると思われるのだが、どうしようかな・・・機種変するかちょっと悩んでしまうところである。

VE公式設定資料集

アニメ版「ヴァイオレット・エヴァーガーデン 公式設定集」7月に発売されたものの、市内の本屋では入荷がなかったみたいだったので、京アニショップ通販で購入。先日届いた。
半透明のブックカバーになっているので、バーコードやISBNコードが印刷できないために、態々背表紙だけ追加されている。
キャラクター設定、小物設定、メカもの設定、背景設定の4項目だが、文字情報は少なめ。人物設定は名前のない人も含めてかなり細かく設されていたよう。小物設定はタイプライターやシーリングスタンプから硬貨まで、世界観に合わせてかなり練られていたよう。

道内で放送されていたにもかかわらず、人気は低めだった様子だが、衣装修正の参考にしようと思う。

今までのこと、此れからのこと。2018

更新するかどうか、正直迷った。

今や中年とも老害とも言われかねない年齢になってしまったので、以前のように仕事を選んでいる余裕はもうない一方で、所属していた派遣会社(ア〇コ)の担当者は、1月事件(次回契約更新の大事な話を立ち話(しかも玄関)で済ませようとした営業担当にキレた後、話を打ち切ろうとするも営業担当にビル内を追い回された事件。)以来信用できないし、円熟期に入った現在の業務も、頑張っても今年11月までしか入れないというのに何のフォローもない事に嫌気がさしてしまった。あいつ等は、人の派遣契約に人生掛かっている事なんて、なんの関係もないと思っているのだから・・・仕方ない。

ただ、退任のメールにかなりの数の在宅さんやら関係者さんから返信と励ましを頂いたことは、今回の任務はひとまず高評価頂いたと思っている。派遣会社があまりにもクソだったことが、慙愧に堪えない。札幌市内では現在コルセン・テレマ関係の派遣会社がタケノコのように増えているが、その裏では、コミュニケーション能力が低いクソな会社が増えている実情があることも、懸念しなければならない。

あと、コルセン・テレマ関係の仕事に就こうとしている方には忠告。
大体どこも、徹底したKPI管理の元で完全な成果主義であることが大半で、満たさなければ研修中に終了になったり、デビュー後も場合によっては精神的に追い詰められることにもなりかねない仕事なので、そのあたりよく考えて選ぶべきと思う。

さて、切り替えて、これからどうするか。
フリーランス時代の借金がまだまだ残っているので、整理・完済を目指しつつ、新しい事にも対応していこうと思っていて、

昨年の11月に購入したAmazon Echoのスキルプログラミングの研修が今年に入って札幌でも行われており、参加させていただいている。AmazonのエヴァンジェリストはAdobe時代の師匠である。

普通に使ってよかったのは「ながら作業」に最適だということ。そのよかった部分で何かできるのか、アイデアが出なくて困っている。。。最近になって画面がついているモデルも登場したり、スキル公開できるとTシャツとEcho Dotがもらえるとかで、勉強を重ねて何か作りたいと思っている。

6月は様々な準備が重なって、参加予定だった「コミティア8」はキャンセルせざるを得なかったが、TMAF FANの原稿と上記の衣装(笑)は一応完成し、公開できた。この衣装、細かい問題が残っている(ブーツが小さめで長時間の歩行がきつい、ワンピースの首回りが合わない、ジャケットの袖が細い等)が修正の上で、9月の某イベントには参加しようかなと思っている。
2020年に映画化も決定したので、しばらくは使えそうだ。

一方で、撮影業を違う形で復活予定。

まずは、次の仕事が見つかるまで最小限の活動になってしまうが、
まだまだ諦めないでいこうと思う。