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「性別が、ない!」インターセックス漫画家のクィアな日々

映画サイト:https://seibetsu-movie.com/
映画.com:https://eiga.com/movie/89058/

この身でなければ理解されない「壁」

「性別が、ない!」というタイトルで漫画を描いているエッセイ漫画家「新井祥」と「彼」を取り巻く人々のドキュメンタリー映画である。名前だけは夏ごろに知っていた。しかし道内ではシアターキノで1回だけの特別上映とのことで数年ぶりに見に行ってきた。
今年は、某議員の暴言から始まり、良くも悪くも「LGBT」という言葉が社会に広く認知されてしまったが、実際のところ「LGBT」とは何なのか・・・そんな疑問を持たれた方にとっては良い教材・・・かもしれない作品。メッセージ性は強いが、ストーリー性は薄めで、所々に漫画のカットを使った説明やエピソードが幕間のように挿入されている。

性別が、ない!

絵柄は御覧の通り、タッチは濃いめ。

インターセックス(IS)関連でいえば、ドラマ化もされた「IS〜男でも女でもない性〜」の事が記憶にあるが、この映画はあくまで「新井祥」というIS視点からのドキュメンタリーなので、彼がどう人と接し、どのような生活しているのか、ドローンやジンバルを使用したカメラで赤裸々に映像化されている。

正直、こういった方向のドキュメンタリーはCXの「ザ・ノンフィクション」等で過去に取り上げられており、残念ながら内容的には目新しいものは無かったが、「どちら側の性も一通り経験がある」という所が個性の部分だろうか。
実際のところ「LGBT」にはISは含まれていない。よって海外では「LGBTIQ」と表記していることがある。(I:Intersexuality Q:Queer/Questioning.

染色体異常による疾患であり、性に関する機能が半端な状態で残されるため、外見だけでは判別しにくい(もしくはできない場合がある)という一種の「病気」なのだが、第二次性徴期を経て初めて気が付くという、トランスジェンダーとは違う「物理的な違和」を抱えてしまう違いがあるそうだ。だが、どのドキュメンタリーでも描かれているが「当事者」でないと、この違和は分からないし、理解に至らない・・・という事象がどうしても避けられない。
それは、リアルに「自分の身になってみる」ことが不可能だからだ。この映画の中でも葛藤をするFtM当事者の両親や相方の姿等が描かれている。

将来、VRの技術が進めば、上記の漫画のような異性を「体験してみる」ことぐらいはできるようになる可能性はあるが・・・。

途中、行きつけのバーでハッテン形の接客をした従業員の女の子に対して「不快」だと叱っていたシーンがあったが、見方を変えると「己の主義を他人に押し付け」ていないか、地が出てしまったのではないか気になったところがある。
ただ、それを否定する気にはなれない。どんな性であったとしても「人間」である。好き嫌いはあるし、自身の主義主張を通したくなることもある。ただ、場を壊すのならばポジティブな意味で場所はわきまえた方がいいだろうなぁ(例えば主戦場の漫画ネタにするとか)とは思った。作中も自身を卑下にするネタが多いので、この方は意外に「ネガティブな熱を変換して」漫画を描いている方なのかなぁと思った。
最後の埋もれて生きている当事者からの批判に対してコメントを残しているが、同意半分、余計なお世話なんだからほっとけばいいのに半分、というところである。

原動力は人それぞれだが

どんなことを熱量にして生きていくのかはさておき、どんなカタチであっても目的は「幸せになりたい」1つである。弱い自分も悪い自分も受け入れ、落とし処がわかるのならば、できるならポジティブな方向がいいと思う。闘い続けて生きることに疲れてしまっては元も子もない。
今この瞬間に己の性に迷っている方々へ、身の丈に合った生き方をこの映画から見つけることができれば、いい切っ掛けになるのではと思う。

さっぽろレインボープライドとボラ活動

試され続ける大地とLGBTイベント

先月の地震といい、今月の連投台風といい、次々と災害とタイミングの悪さに足を引っ張られ続ける事が続いている気がするが、その中、本日ボランティアで参加した「さっぽろレインボープライド」が行われた。

丁度台風から変化した低気圧の影響で寒い雨の中の準備だったが、昼頃から持ち直して晴れ間も出てくる状況に。パレードもおおむね順調な滑り出しだったものの、最後発出発と合わせて最先発が返ってくるほど極端に伸びてしまい、バルーンリリースも広範囲になってしまったが、事故もなく無事終了した。

朝から雨対策とアウティング対策に時間がかかってしまい、名札も滲んで涙目。
ステージ担当として参加したが、風船を膨らませる等ほかの支援に回った後はらしい仕事がなく、ほぼステージ見学して終わった。ケーブル裁きも必要そうだったが、PAさんが大体やっていたので特にすることもなく、パレードに参加する時間的余裕もあったのだが、アウティングがちょっと怖かったこと、ウィッグや顔周りが未調整だったことで留守番に回った。

パレードに参加した人は685人と、ゼロからの再出発にしてはいい出だしだったのではないかと思うが、殆どはゲイバーのママのファンやDQ(ドラァグクィーン)のファンが中心ではないかと傍観する中では感じた。今頃はアフターパーティ等で盛り上がっていることだろうと思う。

今回の収穫として、札幌にも以外に結構なDQが存在すること(でも殆ど話しかけられず。)、生勝間さんとそのパートナーの登壇を拝見できたこと。パートナーがいるとどれだけ溌溂になれるのか、うらやましい限りである。

LGBTと戸籍性

ところで、このイベントの前に2度ほど打ち合わせがありどちらも参加したのだが、当初から気になる点がいくつか散見された。

LGB中心のサブイベントが多く、T関連のサブイベントが映画上映ぐらいのみ。交流会などはなし。
・サブイベントで「戸籍性」を確認されるものがある。
・フロートの並び順がカテゴライズされたので、場合によりアウティングされる可能性があったこと。

LGB関係者で占められている影響が、T側のサブイベントを計画する余裕ができなかった可能性は高いが、レインボーなイベントのはずなのに、T側である自分はどう参加したらいいのか、悩まなければならなかった。そして、悩むことに疲れたので解散後さっさと帰ってしまった。

仲間や友人がいれば楽しいかもしれないが、独りで行ってもなぁ・・・というのが詰まらなさに拍車をかけてしまっている・・・のかもしれない。

とはいえ、参加するすべての人が満足するイベントはありえない。
拾捨選択して「より楽しむことができるか」が大事なのだろう。

札幌のLBGT事情

結局、このイベントだけでは測りきれなかった。(まぁ、当然なんだけど。)
ゲイバーなどに出向いてみる必要もありそうだが、そのまえに自身の調整をなんとかしないとならないようで、難しいかじ取りとなりそうだ。
孤独を埋める方法は見つかるのだろうか。

カランコエの花

映画サイト:https://kalanchoe-no-hana.com/
映画.com:https://eiga.com/movie/89110/

今も変わらない無自覚な差別

エルプラザにて上映会が行われたので参加した。
カランコエとは、アフリカなど熱帯が原産の多肉植物で赤い花をつけるのが特徴。その花言葉は「幸福を告げる」「たくさんの小さな思い出」「あなたを守る」「おおらかな心」だそうだ。
だが、この映画を見終わった後、皮肉にしか聞こえなかった・・・。

とある高校にて、突如LGBTの学習が行われた後の教室内の波紋とカミングアウト(アウティング含む)を描いた中編映画である。
これを見終わった後、じぶんが小学生の時に、札幌から小樽に引っ越しをすると同時に校区も変わるわけだが、札幌では当時ランドセル指定だったものが小樽では指定はなく、今でいうメッセンジャーバックのようなかばんが小樽市内では主流だったために、浮いていた自分はいつしか「いじめの対象」となってしまった事を思い出した。そして、おなかの調子が悪いタイミングを狙って、トイレの大便コーナを休み時間に使うと「上から覗かれる」といういじめも受けたことがあった。時には、喧嘩沙汰になって血を流したこともあり、当時なよなよしていたキャラではあったが、サッカー少年団に入って先輩後輩や仲間の意識がなければ、不登校などに陥った可能性もあった・・・ということを思い出してしまい、気持ちが悪かった。

今でばそれらは完全にセクハラの範疇なのだが、そういった教育もせず、情報も伝えていないグループ内に、今まで知りえなかった未知のものが存在する可能性を(何らかの形で)伝えてしまうと、グループ内に疑心暗鬼が生まれ、グループに所属する人は対象を探し出そうとしたり、排除したりしようとすることが犯罪学的とか心理学的にあるようだ(時折漫画ネタにもなりますな・・・)が、その切っ掛けが「突然のLGBTの授業」だったという。良かれと思った先生方の行動が実は大きな過ちであったことが皮肉に描かれており、非常にいたたまれなかった。

昨今、LGBTブームと言われているが、正直言ってどこまで理解が得られているのか、当事者目線からでもよくわからないし、社会に直接かかわることになるのでとても不安なのである。でも、その不安は健常者には(場合によっては親や近親者であっても)わからないし、体験する手段も現状ないので理解も進まないのが、この問題をやっかいにしている現状なのだ。

でもやっぱり理解してもらって、好きな人と付き合いたい・・・という気持ちを伝えきれずに、この映画は終わる。「最もやってはいけない」方法で・・・。

映画はフィクションなのかもしれないが、おそらくたぶん、日本の教育機関の現状はこの映画のそれとあまり変わっていないのではないかと思う。先生方も上からいわれるだけで追い付いていない可能性もある。それはこの間の、国会議員の一件でも何となく見えてくる。(この国会議員の場合はLGBT以前に人権問題としてもまずいのだが・・・)

これを解決する方向に向けるには、やはり親世代や先生方に向けた当事者による出前出張や講演が必要なのだ。だが、それらができる当事者は非常に限られている・・・。

講演会感想

上映後、元札幌市男女共同参画課課長の廣川さんによる講演会が行われた。
2017年6月、全国に先駆ける形で札幌市としてパートナーシップ制度導入を進めた幹事役である。
時折その当時の事がよぎり涙声になっていたが、正直「市の幹事役がとても優しいこの方でよかった」と思った。(その顛末はNHKでもとりあげられた。こちらが参考になると思う。)
残念なことに、自分には相手がいないのだが・・・。

最近こそ。こういった場に行くことが多くなったが、現れるLGBT当事者でMtFが圧倒的に少ない。ので、じぶんが相談にいける場がなくて少し悲しいのだが、このまま傍観してもいられない・・・と改めて思う次第であった。